いつつばぶろぐ

どうでもいいことを, いかにややこしく書くか

ハロウィンと大学

月日は百代の過客にして, あっという間にもう11月ですね. 福岡は先日からすっかり冷え込みました. 体調など崩されていませんでしょうか?寒いのでいつつば宅では早々とこたつ及び毛布を設置しました. こたつというものは冬の大学生に対して 天使であると同時に悪魔でもある不思議なアイテムだと思っています. 寒さがもっと本格化したらこたつについての記事をかくのも良いかもしれませんね. ちなみにこの記事もこたつに入りながら書いています, いかんせん出られないので.

 

さて, 先日10月31日はハロウィンでしたね. 今回は表題のとおりハロウィンについての記事です. ハロウィンというのは元来「Trick or Treat!(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ)」の合言葉のもと, 仮装した子供たちが近所の家を尋ねて練り歩く, という定義にもとづいた行事であるはずです. しかし皆さんご存じのように, 日本ではその定義がかなり揺れており, ひとくちにハロウィンといっても様々な形があります. これは日本に特有の「外来の文化を吸収したのち, 日本独自の形にしてアウトプットする」という性質をそのままよくあらわしています. 遙か昔にさかのぼれば中国から輸入した漢字文化にまでたどりつくことでしょう. クリスマスもその良い例です. 日本の無宗教文化も何かしら影響していることでしょう. やっぱり宗教の話はややこしいからナシで.

 

ところで本題であるが(敬体と常体が入れ替わります), 先述のとおり日本のハロウィンにはさまざまな過ごし方がある. 話に聞いただけであるが東京・渋谷のスクランブル交差点では大仮装大会が催され, 混雑の至りであったそうだ. もちろんそれに付随して近隣のバー・居酒屋・バル・たぶんラーメン屋のたぐいでも仮装イベント, パーリーナイツが盛んであったことであろう. 同様に九州の渋谷とも言われているここ福岡市中央区・天神でも, メインストリートのあたりは仮装であふれていた. これは実際に僕が見物したので確かである. 見物とはいっても大橋でのアルバイトに向かうため自転車で疾走していた際の通り道であっただけであるからして, 視界の端に流れていく奇抜な集団を脳のすみの方で認識しただけである. 足や腹部を露出していた女性も多かったが, 正直めっきり冷え込んだ昨晩はつらかったのではないだろうか? しいて言うなら僕の着ていたスーツが会社員のコスプレとみなされたかもしれない.

 

さて 今回はそのハロウィンの中でも特に「大学」というひとつの領域に論を絞ってみたいと思う. キリがないから. 不肖私も一応普段は大学生をやっているし, Twitterのフォロワーにも大学生が多いし, 親しみやすいテーマかもね. 

大学というのは一般的に人生のモラトリアムと言われているだけあって, 学生(小中高大)の枠組みのうちで最もハロウィン・イベントに力を入れられる時期であろう. 先達の文学作品にあるように, 大学生は暇と時間だけはもてあましている生き物だから, とも言える(しかしながら, 実際ほんとうに暇と時間をもてあましているのはほんの一握りの大学生のみである. 所詮 世の大学生像というものは虚構で, 現実はそんなに甘くないのだ. 要は毎日忙しくてつらい, マジで. 誰やモラトリアムとか言ったの) 小学生も低学年のうちは 一周回って仮装してお菓子をもらいに練り歩くという本来の定義におけるハロウィンをしているかもしれない. 

 

しかし大学生といえどもその生態は実に様々であり, ひとくちに皆々が仮装を楽しんでいるとは言い難い. 今回の記事は主に「大学でのハロウィンの分類」をメインにしたいと思う. 

ここで参照していただきたいのが下図である. この分類図は僕が10月30日(金)の3限を犠牲にして書いた図である. 書式はPagesの図形描画とテキストボックスを駆使して描いた. もっと便利な描画ツールがあるような気がするがいかんせんPCのApplicaionはインターネットブラウザとTweetDeck, YoruFukurou(いずれもTwitterクライアント), レポートを書くためのPagesしか使えない貧弱さなのでご容赦願いたい. IllustratorやFireAlupacaで描くという手もありそうだけどね. ああいうのはうまく使えん.

 

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僕の個人的な想像と偏見を元に描いた図なので, 様々なご意見があることであろう. 話は逸れるがベン図という形式は非常に懐かしい. だいたい中学か高校で集合の基礎を学習する際はまずベン図が出てきたのでは?100人もの学生に「数学は好きか」「国語は好きか」といった謎の質問をしたり, 運動部に入っているか文化部に入っているかのアンケートをとったりして図を作る不思議な設問を目にしたことがあるだろう. ちょっと学習がすすむと∩やら∪の記号を使ったり, 部分集合の元やらド・モルガンの法則やらが出てくる. もっと進んで大学の理学部数学科ともなると, もう僕の知識ではとうてい及ばない崇高な集合論の世界が存在するのだろう. (あ, ちなみに「Trick or treat」のorも集合論用語ですね. orをandやnor, xorに変換したツイートもありました.)

 

集合自体の話は置いておいて, 上の図に話を戻そう.いつもいつも前置きが長いね.

今年のハロウィン すなわち10月31日は土曜日であり, 大学は休課である. したがって日程をずらして前日の10月30日金曜日に執り行われたらしい. 九州大学では 1年生は全学教育のもと全学部が伊都キャンパスに登校するため, 実質ここが最も仮装が行われるキャンパスである. 実際大学も学部1年生のころなら仮装する時間もあるし, 仮装しがいもあるのかな. こういうふうに仮装に力をいれる人たちが上図の「大学で仮装をする人」である.

去年僕が1年生だったときの話をさせていただくと, 金曜日の(去年はハロウィン当日が金曜だった)伊都キャンパスは仮装で溢れていた. 聞くところによると 21世紀プログラム 及び 芸術工学部 がいわゆる「2大仮装学部」であるらしく, 手の込んだコスプレ衣装がたくさん見られた. ちなみに僕は特に仮装をしていく自信がなく, 申し訳程度に市販のお菓子のお徳用パックを持って行った. あっというまに無くなったけど. 当時の3限を受け持っていた教授も一応ハロウィン気分であったらしく, 黒板にカボチャのイラストを書き始めたこともあった. 去年で言うと記憶にあるのはダンボールで作ったJENGAの仮装やら上半身裸のパンダ, マツケンサンバ松平健など. 今年も同様にキャンパス内での仮装はダンボールで作った椎木講堂に始まり, ジブリの登場人物やオタクのコスプレが目立ったらしい. JENGAと椎木講堂は同一人物の某ダンボール職人の手による作品であるそうだ. 来年は何するんやろ. あべのハルカスとかどうですか.

それにしてもオタクのコスプレというのは(チェックシャツをジーンズにタックインし, メガネとハチマキを着用するもの)ひとたびTwitterに上がるとツイのオタクたちによって拡散されたちまちのうちに叩かれてしまう. 触らぬオタクに祟り無しだよ.  

 

仮装をする人が居れば, その仮装を見る人がいるのは哲学論的にも正しい. ハロウィンの仮装は他人に見られる, つまり認識されて初めて存在するものとなり得る. そりゃ誰もいないところで1人でハロウィンの仮装をしても寂しいというか虚しいというか, それは非存在と同義であるとみなせる. 逆に言えば「仮装を見る人」がいて初めて「仮装をする人」というカテゴリが発生できるのでは?ややこしいので深くは考えません.

 

仮装を見にいった人たちは, 大半がその写真を撮り, Twitterを初めとするSNSにアップロードするのではないだろうか. ハロウィンとそれを利用したネタは(とくに大学においては)たくさんインプレッションを得ることが多い. ツイッターランドでも, 単純な写真だけでなくハロウィンの定義や「Trick or treat」にまつわるネタや言論が拡散されているのを1度は見たことがあるだろう. 単純に季節というか時勢に合ったネタは拡散されやすいというのもある. しかしそのような写真がTwitterに上がることで, 伊都キャンパスに物理的に仮装を見に行けない僕のような人でもハロウィン気分を味わえるのでありがたい. 上図で言う「仮装を見に行く人」から「仮装を見に行く人∩大学が忙しくて仮装どころじゃない人」すなわち「Twitterで仮装の写真が流れてくるのを見て楽しむ人」がこれにあたる. 少しすれば「大学別コスプレまとめ」などというNAVERまとめや「【速報】大学のコスプレやばすぎワロタwww」のようなまとめブログも出てくる. こういうサイトで一気に見てしまうのもひとつの手である.

「大学が忙しくて仮装どころじゃない人」というのが, もしかしたら1番割合が多いかもしれない. 主に学部2年生以上が集う箱崎キャンパスではぼちぼちとしか仮装の人はいなかったらしく, 医系キャンパスである馬出では保健学科の一部を除けば全く仮装のたぐいをしている人は居なかった. 白衣のコスプレ,という冗談もあったが実際それどころじゃないのである. お昼休みを挟んだ3限の時間帯(僕が授業もロクに聞かずにこの図をせっせこ書いていた頃)はちょうど座学であったが, 講義室では実習で疲れた学生たちの死屍累々とした睡眠中の姿が散見された. これは疲れた大学生のコスプレというより, 実際疲れていたのである. 察してください.

大学でハロウィンが行われてることなど我関せず, 知らんがなそんなもん, とのたまい大学にそもそも行かない人々も存在する. お布団のコスプレやら引きこもり, ニートのコスプレやらはここに分類される. そもそもハロウィンでコスプレをしまくり, キャンパス内でウェイウェイ騒ぎまくる, という雰囲気が苦手というか, これを毛嫌いして登校を避ける人だってもちろんいるであろう. こういう否定的な意見については個人の趣向になるのであまり言及できない. 

 

ハロウィンの分類図の話はここで終わりではある. が, どうせなら「人はハロウィンになぜ仮装をするのか?」という根源的な文化人類学的論も呈してみたい. ここで取り上げたいのが「仮面」という文化である.

昔々からヒトの文化社会ではしばしば, 仮面舞踏のような催しが開催されてきた. 日本で言えば 能や狂言のたぐいで見る能面, 外国で言えばいわゆるマスカレード・ダンスパーティである. この場合に用いられる文化としての仮面は, 普段自分が外界に対して晒している「カオ」を隠すことができるもの, という役割を持っているのではないだろうか. 仮面をひとたびかぶれば, 相手には普段の自分の顔を見られない. この非日常的意味合いは大きい. しかも, 仮面をかぶっている自分側からは相手のカオを見ることができる. つまり, 自分だけが非日常性というステージに立っているという優位, 言い換えれば舞台側にいる演者と客の関係を持てるのだ. おそらく, とくに女性が化粧として(つまり, 風邪等の疾患を予防するものとしてではなく)マスクを着用するのも同様のメカニズムなのではないだろうか?ハロウィンの仮装というものは, 仮装をただ見に来ただけの人に対して非日常性の優位を得ることができる格好のツールなのである.もちろんそんな複雑な目的だけが全てではない. そこには「仲間全員でコスプレをする」という群集心理というか集団心理(細かい用語の定義はよく知らない)の妙も働いているのであろう.

 

まるで大学受験の国語の論説文みたいになった. センター試験もビックリである.

 

何を隠そう僕も今年のハロウィンはサークルの仲間で揃えて髪の毛を赤いスプレーで染めてみたりした. 時間及び資金不足で髪の毛に赤い汚れが付いた程度になってしまったのは残念である. 来年はもっと頑張りましょう.

 

追記

今回の記事は第3回にして ついに5,000字を超える, というレベルの大台に乗りました. 最後まで読み切るのが筆者自身もキツくなってきましたね. 余談ですが明日は1万字を超える闇のようなレポートの提出日です. こんなよく分からないブログを書いてる場合なのでしょうか?気分転換は大事, ということだけ言っておきましょう.