いつつばぶろぐ

どうでもいいことを, いかにややこしく書くか

ふぁぼがいいね!になった日 ②

〜前回のあらすじ〜

いっけなーい, ツイートツイート!私、ツイッター!サンフランシスコ生まれ, 8歳, 文字数は140まで, どこにでもいるSNS!でもある日, 私のアイデンティティとも言える「ふぁぼ」を「いいね」に変えられちゃって?これから私、どうなっちゃうの〜?
 
前回の記事はこちらから.
 
 
まず, 目次を再掲します. ふぁぼといいねに端を置いたTwitter論の第2回, 中編です. 何事も よしなにお聞きくだされましょうぞ.
 

 

第2回

2.1  そもそも, ふぁぼとは

 2.1.1  ふぁぼの歴史

 2.1.2  ふぁぼの分類

 2.1.3  ツイッターにおけるふぁぼという文化

2.2  ふぁぼが星であるという意味

   2.2.1  図形的考察

2.3  いいねがハートであるという意味

   2.3.1  図形的考察

   2.3.2  愛とは

 

第3回

3.1  ツイッターランドのアイデンティティ

 3.1.1  facebookとの差別化

 3.1.2  他SNSについて

3.2  いいねとふぁぼ, どちらが良いのか

 3.2.1  いいねがふぁぼに劣っている点

 3.2.2  いいねがふぁぼに勝っている点

3.3  ツイッターランドのこれから(おわりに)

 

 

2.1  そもそも, ふぁぼとは

 

この章でははふぁぼの歴史というか起源というか そういうものから始まり, 要はふぁぼとはこれ如何なるモノなのか, これについて掘り下げる. 

 

 

2.1.1  ふぁぼの歴史

 

ふぁぼというもの, つまりTwitter上でのお気に入りの歴史は古い. はず. そもそもTwitter自体は 2006年7月にオブリビアス社(現Twitter社)が開始したSNSサービスであり, つまり2015年現在で9年目ということになる. 9歳ですね, 8歳じゃなかった. Twitterの歴史を長々調べて述べても良いけど,本題から逸れるのでやめておく. wikipedia見れば書いてあるよ.

 

(註1・余談だがリツイート機能(これも現在「シェア」に取って代わられるかもしれないという危機に瀕している)は2009年に英語版Twitterに試験的に実装され, 日本語版Twitterには2010年1月22日より実装された. とある. つまりRTができたのは意外に最近のことなのだ. てっきりTwitter黎明期から存在したものとばかり思っていた. RT機能が初めて付いた当時は, ふぁぼがいいねになった時以上に騒ぎになったかもしれないが, アクティブユーザ数の爆発的な増加を鑑みると一概にそうとは言えない.)

 

お気に入り登録機能は最初から実装されていたのかどうかは, 調査不足により知ることができなかったが, 日本でTwitterが浸透してきたころには当然あったはずである. ではそのお気に入り機能が「ふぁぼ」と呼ばれ始めたのはいつだろうか?もちろんふぁぼというのは日本語のネットスラングであるため諸外国では使われていないだろう. もしかしたらanimeやmanga, tsunamiのように海外に流出しているかもしれない. 

色々とネットサーフィンをしてみたものの, ネットスラングの開始の同定は それが民族的なものであるという理由ゆえに非常に難しかった. いわば誰ともなく言い出されるようなものであるから, 僕の非力なサーチ能力では限界があったし, つまりこの章におけるテーマはいまいち掘り下げられなかったと言えよう. しかしながら現在のツイッターランドにおいて「ふぁぼ」という語は, とくに若年層ユーザであれば初心者でも必ず耳にするしそのうち普通に使うようになる. 勝手に見積もっても5年くらい前からあったのかな?そして, その「ふぁぼ」という語とそのイメージを広げていったのはTwitterユーザ自身, その中でもとくにいわゆるヘビーユーザ, アルファツイッタラー, 相互厨, これらを含むさまざまの団体, そういったユーザたちである. ふぁぼるという行為(及びふぁぼるというそのスラング自体)は彼らにより拡散されしだいに一般化していった. ネットスラングが巷の女子高生をはじめとして市井に漂うて, 人口に膾炙してゆく例は とくに最近非常によく観測される. 具体例をあげればキリがない. テレビ番組のキャプチャがTwitterに上がり物議をかもす様子を見たことがあるだろう.

 

(註2・Twitterとふぁぼに関する話題としては, 「自分がお気に入りしたツイートが他人のタイムランにプロモーションされてしまう」という仕様変更の事件があったりもした. 記憶に新しい人も多いだろう. このときもこの仕様変更はさんざん物議をかもした. 今までこっそりふぁぼに登録して, いわば秘宝館めいた使い方をしていた一部のユーザにとっては, ヒミツのコレクションを青天のもとに晒されることとなるのだ. しかしまあ, 公開アカウントであればふぁぼ欄は誰でも覗けるし, しょうがないよねという意見もある.)

 

ふぁぼそれ自体の歴史というか, 「ふぁぼる」という行為のもつ意味とその変遷においては, 歴史的側面も含んでいるが, それはまとめて次章と次々章に持っていく.

 

 

2.1.2  ふぁぼの分類

 

さて, ひとくちにふぁぼと言っても, そこには様々な意味がある. 単なる「お気に入り」というイメージだけでは一口に語りきれない多義的な深淵の世界がふぁぼにはある. ふぁぼを覗いているとき, ふぁぼもまたこちらを覗いているのだ. 誰の言葉だったかなあ.

ふぁぼの持つ意味合いを箇条書きにするだけでもきりが無い. 僕の考え得る限り, 試しにザッと羅列してみよう.

 

・お気に入りのふぁぼ(スタンダード)

・もらったリプライはとりあえずふぁぼ

・リプライでの会話を終わらせるふぁぼ

・既読のふぁぼ

・リプするほどじゃないけど, 何かインプレッションを残したいときのふぁぼ

・好きですのふぁぼ

・おるでのふぁぼ(存在をアピールするためのふぁぼ)

・めずらしい人がツイートしてたから, のふぁぼ

・牽制のふぁぼ(又は威圧のふぁぼ, 見てるぞのふぁぼ)(註3・これは主にのろけなどに対して使われます)

・自分に対する空中リプへのふぁぼ(既読のふぁぼに近い)

・意中の人がツイートしてたから, のふぁぼ

・フォロバ及びメインリスト入りのためのふぁぼ(主に遡りふぁぼ)

・とくに理由のないふぁぼ

 

嗚呼 挙げ続けるとキリがない. ふぁぼというものはそれだけ多義的なものなのだ. 

 

 

 2.1.3  ツイッターにおけるふぁぼという文化

 

前の章でも少しばかり触れたが, ふぁぼには山のような意味内容があるし, 実際その意味内容にもとづいて盛んにふぁぼが行われていた. この章では特にふぁぼの文化的側面について考察したい.

ふぁぼという文化はいわゆるヘビーユーザ界隈によって拡散・浸透されたことは前述した. 単にツイートをお気に入りするというふぁぼそれ自体の本来の目的から, 便利なコミュニケーション・ツールへと昇華させた業績は大きい. 「ふぁぼ」というツイッターランド特有(3.1で再述する)のコミュニケーションは ワンタップ・アクションという手軽さと, ☆それ自体が持つ意味のあいまいさ(すなわちポジティブでもネガティブでもない)という両義性 及び多義性(2.2で再述する)ゆえの利用しやすさという2つの側面から, 非常に汎用性が高いのだ.

ふぁぼがそれ本来の目的で使われない例として, 少し述べたが「フォロバをもらう為のふぁぼ」が存在する. フォロバに基準を設けているようなツイッタラーも世の中には居て, 「遡りでフォロバ」「1日5ふぁぼ以上を継続でフォロバ」などというbioを目にした人もいるだろう(フォロバをメインリスインと置き換えても良い). また「ふぁぼ垢(エタフォ垢)50垢付けます」のようなものもある(詳細略). ツイッターランドは元来自由であるからそれをどうとは言わないが, ふぁぼにはこういう使い方もあるのである. 

このように, ふぁぼというのはインプレッションである. つまり, ふぁぼられたということは「反応された」ということなのだ.(これは「いいね」でもそこまで変わらないが) 「私はあなたのツイートを見ていますよ」というしるしなのだ. ふぁぼによっていわゆる「承認欲求」が満たされることを指摘する考察も多い. (RTも同様だが, ふぁぼはRTよりハードルが低い)承認欲求を得られるということは ヒトの行動心理においてプラスである. 要は自分の存在ーー物理的というより, むしろ社会的にーーが他者から認められるということだ. 「他者から認識されなくては存在しない」という理論はヒト文化社会においてしょっちゅう成立する. しかも ツイートという実に簡単に発信できるものに対し, ふぁぼというこれまた手軽な反応によって満たされるのだ. 現実世界で何かしらの業績を残すことにくらべて インターネット世界, SNSワールドでのそれは非常にハードルが低く, しかもその中でもTwitterはそれが極端に低い. FaceBookで記事や写真をアップしたり, Instagramで写真を加工したりするよりも楽であり, しかもユーザのアクティブ率も桁違いだ. すなわちふぁぼという文化は, 人の承認欲求という根源心理にも深く根付いているのだ.

 

長くなりました, 次に行きます.

 

 

2.2  ふぁぼが星であるという意味

 

2.2.1 図形的考察

 

ふぁぼと星マークの関係というか, 結びつきについてなどを考察していきます.

今までお気に入り(ふぁぼ)について長々語ってきたが, 「ではなぜお気に入りは☆マークで表されるのか?別に○でもよくないか?」と素朴な疑問もあるのではないだろうか. それについて考えたい.

そもそも☆とお気に入りの関係については, ツイッターランドから生まれたものではない. もっともっと昔からインターネット世界に存在している, インターネットブラウザの「お気に入り」すなわち ブックマークに由来したものである. インターネットブラウザはWindowsの標準ブラウザ Internet Explorer, MacでいうSafari, GoogleChromeOpera, Firefox, 他にもComodoDragonやらSleipnirやらLunascapeなんてのもある. ブラウザで開いたWebページで, 好きなページや保存しておきたいサイト, ピン留めをしておきたい場所などに用いられるのがブックマークである. (日本語で言えば本に挟むしおりですね. )要は「気に入った」ページに付けるマークが☆なのである. Twitterもこのブラウザの慣例に基づいてお気に入りを☆で表したものと考えられる.

 

 

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(画像はsafariのブックマークより.)

 

つまりこのことから考えるに, Twitterでのふぁぼは本来「ブックマーク」という用途であったわけだ. (これが拡大解釈されて使われていく変遷についてを前述したのである.)

しかし, ☆マークがお気に入り以外を表すことだってもちろんある. 下の写真を見てほしい. 

 

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これはラインという心理学者が開発した ESPカード というものである. ESPというのはExtrasensory Perception, 超感覚的知覚のことで, いわゆる超能力の一種だ. または単に直感力とも言える(詳細は略). このカードは古典的なESPのテストに使われるもので, 要はカードを裏返した状態で5種類のマークを言い当てるものだ. 透視のたぐいとも言える. 

(註3・筒井康隆の小説に「家族八景」というものがある. これは超能力ーー人の心が読める能力を持つ七瀬という少女が, さまざまな家庭にお手伝いさんとして働きながら人間と家族の模様を抉っていく物語であるが, その作中にESPカードが登場する. 僕の少年時代からの愛読書なのでぜひ.)

何が言いたいかというと, このESPカードにおける☆マークそれ自体には特別な意味はない. 他の4つのマーク(丸, ギリシャ十字, 波形, 四角)と明確な差異が存在し, シンプルかつ特徴的な形状をしていること自体が大事なのである. 

 

 

2.3  いいねがハートであるという意味

 

次に, いいね側から同様の考察を行いたい. もうこのへんで5,000字が目前なので疲労困憊である. あと1,000字ちょいです.

 

 2.3.1  図形的考察

 

いいね!はFacebookでなじみが深いワードであるが, しかし, Facebookでは「いいね!」親指を立てたGood!のヒストグラムで表されている. ではなぜTwitterではハートを用いているのか?(Facebook及び他のSNSとの比較は3.1で述べる)

Twitter社の言い分を見ると, ハートのいいねは「わかりやすいポジティブさを持っていながら 意味が多々にわたる」ことがアドバンテージであるそうだ. ハートという記号が社会的にどんな意味を持っているのか調べてみよう.

ハートというのは一言でいえば「心臓のカタチ」である.

 

(註4・実際の心臓を見ると, 心房心室の大きさや位置関係, 血管の走行などから考えてもいまいちハート型には思えない. しかしこれは解剖学的見地であるから論を外れる.)

 

心臓の形に由来するハートは, 恋愛感情や好感から単純な喜び, 他にもキス, かわいらしさやセクシーさ, 女性らしさをあらわすシンボルとしても用いられている. つまり「愛の象徴(シンボルオブラブ)」である. (ちなみに割れたハートや黒く塗りつぶされたハートは失恋や不幸をあらわすそうだ. なお, ハートが心臓であるということに異を唱える論もあり, たとえば臀部の形との説もある. )女の子からのメールやLINEにハートマークが付いていて「もしかして 俺に気があるのかな...」と勘違いしてしまった甘酸っぱい経験のある男子諸君も少なくないだろう.

心臓と好意の関係について はっきりとはわからないが, 好意を抱くなど恋愛感情が発生するとトキメく, 要はドキドキするし, これは心臓の鼓動(脈拍)の上昇につながる. (本当は恋愛感情も鼓動の上昇も脳及び自律神経すなわち中枢が支配しているものであり, 心臓は単なる運動器というか結果にすぎないのだが)したがってこのような感情を心臓に結びつける動きは不自然なものではない.

いいねというポジティブな感情を愛の象徴であるハートで示す理由はこんなところではないだろうか.

 

 

 2.3.2  愛とは

 

さて, それでは愛とは何か?哲学的というか叙情的というか何とも言えないテーマであるが, 愛というのは古今東西 様々な歌や小説の中に編み込まれてきた. カラオケのデンモクで「あい」だけ入れて曲目検索をかけると山のような結果が出てきて 歌いたい曲が探せない. それだけ愛というものは, 世界中の人間における普遍的なテーマなのだ. 合唱曲で言っても 混声合唱とピアノのための組曲「もうひとつのかお」(鈴木輝昭)に「愛」という曲がある.(めっちゃ良い曲)  愛という字は真ん中に心が入っているから真心だ(これに対して恋は下心という話もある)だの, Loveがどうちゃらだの, そういう話は山ほどあるから書ききれない.  

愛には本当にいろいろな形がある. こんなしょうもないブログの一部分にはとうてい書き表せない. 人類が社会を形成しはじめる前から愛という本能はあったし, 社会が高度になるにつれて愛の形もさまざまに分岐してきた. 愛をテーマにした曲はそれこそ星の数ほどあるが(星と愛の話にピッタリですね), 僕が好きな一曲を紹介しておきたい. ボカロ曲になるが, ピノキオPの「ラブソングを殺さないで」という曲である. この曲の歌詞に特徴的なフレーズとして「それもひとつの愛のカタチ」というのが繰り返される. 人と人との多様な関係を愛という美しくも醜いテーマに包括, つまり人間関係の醜い側面もすべて合わせて「愛」, そのことばでもって赦すのである. いちど聴いてみてください.

 

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この「愛」としてのハートのいいねがツイッターランドに導入されたので, 今まで「ふぁぼ」という多義的な記号の一部でしか無かった「愛」が全面というか, メインコンテンツまで押し上げられてきたのである.

 

 

さて, ②だけで約7000字を記録しておきながら これでもまだ最後に第3章が残っている. 世の中の大学生の書く卒論はウン万字を超えるつらく苦しいモノであろうからそういうものと比べるのはおこがましいが, 書き手としてもそろそろつらくなり, もう何を書いているのかよくわからなくなってきた.

しかしツイッターランドの変遷をリアルタイムで書けるのも今しかない貴重なことなので, もう少しこの駄文におつきあいいただきたい. フルで読んでいる人いるのかなあ.

 

 

それでは今回はここまで. 次で最終回です. お楽しみに.