いつつばぶろぐ

どうでもいいことを, いかにややこしく書くか

ふぁぼがいいね!になった日 ③

〜前回までのあらすじ〜
 
つよいふぁぼ よわいふぁぼ そんなの ひとの かって
ほんとうにつよいツイッタラーなら すきな ふぁぼで がんばるべき
 
さて, 前回と前々回にわたってつらつらと書き並べてきたツイッターランドの論述も, この第3回で完結である. すでに10,000字は超えているから, ツイートで換算すれば140字フルで70ツイート超, あれ, 大したことないや.
 
それでは今回の目次です. 最後はアイデンティティやら比較論やら, 受験現代文には頻出のテーマですね. センター試験ツイッターの論説が出たのはつい前回, 2015年度のことだっただろうか. 解いてないけど. ちなみにセンター試験まであとだいたい70日くらいである. 残り日数が2桁になると, そこからはあっという間でしたねえ. 
 
バックナンバーは以下にリンクとして載せておきます.
 
 
 
 

3.1 ツイッターランドのアイデンティティ

 
 3.1.1 facebookとの差別化
 
 3.1.2 他SNSについて
 
3.2 いいねとふぁぼ, どちらが良いのか
 
 3.2.1 いいねがふぁぼに劣っている点
 
 3.2.2 いいねがふぁぼに勝っている点
 
3.3 ツイッターランドのこれから(おわりに)
 
 
 
 
この章では, Twitterに特有の機能というか文化というか, のうち, 今回の論の主幹テーマであるふぁぼ又はいいねについてを述べる.
 
2.2でも述べたが, ふぁぼという文化は, ブラウザに由来するブックマークとしてのお気に入りから, ユーザたちによってもっと手軽なコミュニケーションツールに昇華された. これはTwitter特有のものである. では, その特有性はどのように失われたのか? ここで参照したいのが, 日本でTwitterに並ぶアクティブユーザ数を持つFacebookである. さらに、それ以外のSNSはどうだろうか?(LINEはまた別格だし, 用途も少し異なるので今回は論じない. )
 
 
3.1.1 facebookとの差別化
 
Facebookというのは, 2004年にマーク・ザッカーバーグ氏とその仲間達によって設立されたもので, ユーザ数は 全世界でなんと10億人を超える 超々巨大SNSである. FB, または日本語にベタ訳して「顔本」とも呼ばれる. Facebookはその特徴として「実名登録」を基本としている. これはニックネーム又は(本名と関係のない)ハンドルネームを用いるのが主流であるTwitterに対し(もちろん, Twitterのアカウントに本名を用いるユーザもいる)正反対だ. Facebookはほぼ皆が実名を登録しなければならないので, そのアカウント上での挙動が全て現実社会(リアル)での自分に直結する. Twitterのいわゆるリア垢などの比ではない. これはなかなかに大変なことで, たとえば勤務先の上司からの行動の監視をはじめとする種々のハラスメントなどの様々な問題も引き起こした. したがってFacebookにはあまり安直な投稿はできない. 一年のまとめや, 旅行記, イベントの感想などが書かれることが多い. 実名登録であり, 卒業学歴や現在の職業など所属団体まで登録することを考えると, その分実際のイベントやコンサート, シンポジウム等の宣伝などにはすこぶる効果的といえよう. 
 
(註1・FacebookTwitterのように手軽にポストできるツールとして利用するタイプのユーザも一定数いる. 現実でよくしゃべる人はFacebookのポストも多いのだろうか?ツイッターランドではポスト数の多さと現実の口数の多さは必ずしも比例せず, むしろ相関関係が逆であるような気もする. ウッ )
 
さて, SNSとリアルの結びつきについて言及したので, ツイッターと現実の結びつきについても少し述べておきたい.
ツイッターと現実をどのくらいリンクさせているかはほんとうに人それぞれだ. 特に本名でアカウントを運営している人はほぼ100%現実に近い利用法をしている. 投稿内容もfacebookのそれに近い. 現実でのニックネームまたは本名のもじりを使う人はだいたいリンク率は80%くらいだろうか. 一般の大学生にはこれが多いと思う. 次いで大学生ツイッタラーたちで, ハンドルネームを使用しツイート内容も現実とリンクしている割合が少ない. 公開する情報も大学名及び学部学科, 所属サークル程度ではないだろうか.
 
(註3・大学生ツイッタラーにもいわゆる垢バレ(アカウントと本人が照合されること)を恐れるタイプと垢バレを物怖じしないタイプがある. 後者の方が現実とのリンク率が低いことは想像に難くないだろう. 自分の普段しているツイート内容と現実の自分の姿が他者から一致して捉えられてしまうことはときに非常に困るもので, 「あの人があんなツイートしてるんだな」と, どうもツイートしにくくなってしまう人もいるだろう. 一方垢バレを特に恐れずむしろ新しい友人関係の形成だとポジティブに捉えることもできる.ツイッターを発端として良い友人に恵まれる大学生活も悪くないものだろう. しかしこのような仲の良いグループというか界隈のようなものが定着してしまうと内輪の空中リプライが増えてしまう傾向にある, が, まあ別に悪いことではない. 学部やサークルで得た友人と同様, ツイッターランドで得た友人もーーそれが現実と絡み合わなくてもーー大切なものなのである. いつもありがとうございます. ちなみにこの考えが極端に振れたのがいわゆる出会い厨という概念である. が, 詳細は略. )
 
もちろん大学生にもキッパリと現実とツイッターを分けている人も多々居る. 所属大学が定かではなかったり, 大学生かどうかすらわからない人もいる. 大学生でありながら大学界隈に生きていない人も多い. 
 
さてけっこう話が脱線してしまったので, TwitterFacebookのふぁぼといいねについての話に戻ろう. 
Twitterでのふぁぼが非常に意味が多いことは述べた. しかしfacebookのいいね!はTwitterのそれとは異なり用途が限定されているように思える. そもそもいいね!を表す記号に Twitterではハートが採用されたのに対し, facebookでは親指を立てた, いわゆるGoodのハンドサインである. これは明らかに肯定の意味しか表せない. ハートという記号も同様で, Goodサインよりはその度合いは少ないかもしれないが, Twitter社の言い分を見ても否定的意見にはどうも使いにくいであろう.
 
 
簡潔にまとめるとTwitter, そしてツイッターランドのアイデンティティとは, 手軽なpost感覚とふぁぼによるワンタップ・コミュニケーション, そして厖大なアクティブユーザ数に支えられたスムーズな承認欲求だと考える. これは他のSNSでは肩代わりできない. しかし今回のふぁぼの消失によってこの3本の柱のうちの1つが無くなってしまった. ハートのいいね!に今までのふぁぼの手軽さは求められそうもない.  建築または数学などの基本を見ても, モノは支えが3つなくては 安定して存在しない. イスだって安定して座れるのは3本足以上のものだ. 日本語にも「三本柱」という言葉があるし, ツイッターランドの安定が崩れてしまわないか心配である. 
 
 
3.1.2 他SNSについて
 
さて前章でアイデンティティについてざっとまとめてしまったから, この章では単にいいね!が他のSNSではどう表されているかだけを簡潔に書きたい.
まずはInstagram, 女子大生をはじめとしてシャレオツ・ピープルが写真をモリモリに加工してアップするSNSである. これはハートマークのいいね!を採用している.
位置情報をチェックインとしてタイムライン上に流し, メイヤーやクラウン, ステッカー, コインなどの要素を楽しむアプリ Swarm でもハートマーク, 名称はいいね!ではなくお気に入りとなっている. 通知は「○○さんがあなたのチェックインを気に入りました」という形で出てくる.
「何でも質問してください」というフレーズで有名な匿名質問SNS ask.fm でもマークはハートである. ask.fmではいいね!でもお気に入りでもなく「あなたの回答は素晴らしいと思っています」という通知がくる. 多義性など入る隙間も無い文句なしの肯定である. 逆にすがすがしいかもね.
Twitterの日本版オマージュとして生まれたCroudiaというSNSもある. ネコ型SNSと称しており, 機能の端々にネコをモチーフとしたものを付けている. ほぼTwitterと同じような構造をしているが, 140文字制限のあるツイートと違ってCroudiaのささやき(ツイートにあたるもの)には文字制限が372である. このCroudiaではTwitterと同じ星マークのお気に入りを使用している. どうせならネコ要素を入れれば良かったのに. 
 
(註4・しかしCroudiaは, まずiOS対応クライアントがまだ存在しないというか承認を取り消され消去されたため iPhoneユーザにとってはwebからしかアクセスできず不便であるうえ, ユーザ数があまりに少ない. Twitterに万が一があったときのシェルターとしてIDだけは取得しておいたが, まだ使うことはなさそうである. )
 
もちろんこのはてなブログだってSNSの一種であるからして, 記事に対するインプレッションが設定されていて, スターマークのそれは「いいな」という, なんだか笑っちゃいそうな形式を採用している.
 
僕はSNSマスターではないので全てのSNSを知っているわけではないし, このあたりにしておこう.
しかし書いていて思ったのは, (僕だけかもしれないが)これらの他SNSがすべて最終的には「Twitter連携」を目的としていることだ. 名義もツイッターのアカウントに準じている. いや, Instagramは比較的Facebook寄り(現実より)かもしれないが. おおげさな言い方をすれば全てのSNSTwitterを主軸にして回っている, いわば総合SNS, なのかもしれない. 論の飛躍かもね. さすがに.
 
SNSとは少し違うが, Youtubeでは高評価のGoodに facebookと同じく指先を上に立てた記号が使われている. そしてYoutubeにはそれに対照的に指を下に突き出したBadサイン(ブーイングなどに用いられる)の低評価ボタンが存在する. 上記のSNSと違って, 評価のボタンが複数個ありしかもきっぱりと肯定と否定が分かれているというのも, YoutubeSNSというより動画サイトであることが理由かもしれない.
 
(註5・僕が主にいつつば名義でやっているSNSをまとめたGoogleSiteのリンクを張っておきます, 要は宣伝ですね. 今 手を出したいのはAmazonの「欲しい物リスト」です. 自分が購買したいものというのは, 趣味嗜好を新たな側面から他者に発信するツールとして有用なのでは?しかももしかしたら心優しい誰かがそこから何か買ってくれたりしちゃうのでは?しかし今のところそんなにたくさん欲しい物を列挙できないので 作っていません. 申し訳ないしね. )
 
 
 
3.2 いいねとふぁぼ, どちらが良いのか
 
いいね VS ふぁぼ, 果たして決着は付くのか?(疲れて適当になってきた)
 
 
3.2.1 いいねがふぁぼに劣っている点
 
比較対象のために一応章は作成したものの, 今までの内容を鑑みればそこにこの章の答えは散らばっている. まあ一言で言っちゃえば「コミュニケーションの手軽さ」「ありあまる多義性」ということになりますね. ふぁぼって凄い.
ふぁぼ自体の意味をさしおいても「ふぁぼ」というワードの語感の良さというものはふぁぼの優位な点と言えるのではないか?ふぁぼという [ア母音+オ母音] の2文字で構成された語は発音(口の動き)の面でも口にしやすく(イントネーションと母音構成だけ見れば「たこ」とか「ラボ」とかと同じ), さらには他に類似の語が存在しない ,いわゆるオリジナリティという点においてそれはもう莫大なアドバンテージを誇る. 「ふぁぼ」という言葉はツイッターランドにしか存在しないのだ. その影響はあまりに強く, ツイッターランドに染まったツイッタラーはほかのSNSでのいいね!も全てふぁぼと言ってしまうほどである. この「言葉のオリジナリティ」という点も大切である. さらにこのオリジナリティに加え, 「ふぁぼ」という名詞を「ふぁぼる」という動詞に変化させてもとても使い勝手がよい. いったん動詞化してしまえばその活用はさらに幅が広がり, 命令形の「ふぁぼれよ」というのもここから生まれた. これはいいね!ではできない. 「いいね!」というのは形容詞+感嘆詞であるからだ. これはけっこうな不利である. 活用していくにあたっては動詞の方が幅が広いし, いいね!にはすでに感嘆詞がついているため形容詞としての活用能力も消失している. ふぁぼを失ったツイッターランドではいいね!を動詞化するための試行錯誤が今でも行われている.
 
 
3.2.2 いいねがふぁぼに勝っている点
 
あんまりふぁぼばかり賞賛して, せっかく新しく実装されたハートのいいね!をこき下ろしてばかりではかわいそうなので, この章ではいいね!のほうが良い点も書いてあげたいと思う.
 
いいね!という肯定にのみ特化してしまったボタンは, 逆に捉えれば好意をより直接的に伝えられる, とも考えられる. いいね!を押すと通知欄にはハートマークが現れ, ふぁぼ爆(じゃないや, いいね爆か)が来れば通知欄はハートでいっぱいいっぱいになり 世界は愛で溢れ みんな笑顔, ハピネス, そこらのプリキュアもひっくり返ってしまう. こういうポジティブな影響にスポットを当てれば ハートのいいね!も悪くないかもしれない. さらには「ピンク色のハートボタンは単純になんかカワイイ」という女子高生めいた意見も見られた. まあ...カワイイよね. キティちゃんみたいなものかもね.
 
いいね!を褒めようとしてもそんなに長くならなかった. 無念.  
 
 
 
3.3 ツイッターランドのこれから(おわりに)
 
Twitterのオタクによる長い長いTwitter論も, ついにこの章でおしまいである.
 
 
ふぁぼを失ってしまったTwitterはたしかに その利点というかアイデンティティを欠かしてしまったかもしれないが, Twitterの抱える莫大な数のユーザたちがその穴を柔軟に埋め, 新たなコンテンツとして昇華していってくれることだろう. 良くも悪くもツイッターランドというものは非常に,(非情にというべきかもしれない)流動的であり, ありとあらゆる話題が異様なスピードで拡散され 流行し, そしてあっという間にタイムラインの彼方へと消えてゆく. 実際このブログを3回にわたって書いている短い期間にも, ふぁぼといいね!についての話題はもうほとんど見られなくなってしまった. きっとハートマークだって最初は見慣れないし, さんざん物議を醸すであろうが, あっという間にユーザに慣れられて話題にすら上がらなくなり, そのうちハートのいいね!が星のふぁぼであったことすら忘れられてしまうかもしれない. ふぁぼというワードのみがひとり歩きして残り形骸化するという未来も十分にありえる. 哀しいお話である. 
 
 
このつらつらとした文章は, 「ふぁぼ」というTwitterにおけるひとつのアクション変化とその考察だけにとどまらず, Twitterとユーザをとりまく環境及びその変遷, そして他のSNSまでも考慮した 総合Twitter論として読んでいただき, さらには後学としていただければ非常に幸甚である. そしてツイッターランドには, かつて「ふぁぼ」という名で親しまれた星マークの記号およびそれをとりまく非常に豊かな文化が存在したことを, この論を足がかりに 忘れないでいてくれれば, Twitterのトレードマークであるあの青い鳥もきっと喜んでいてくれることだろう.
 
 
 
さてさて, 3回の記事を合計すると文字数にすると概算でも約18,500字(5000+7000+6500)を記録した. 思うがままに書き散らしていくといつもいつも長々とした駄文になってしまうのは僕の治らない悪い癖である.
 
 
ここまでお付き合いいただき, ありがとうございました. (完)